Paphiopedirum spicerianum
Paphiopedirum spicerianum

今月の花は、晩秋から初冬にかけて開花し始めるパフィオペディルム・スピセリアヌムである。
スピセリアヌムは、小型の種でありながらパフィオペディルム属の中でも際だった種のひとつであり、優雅に弧を描いた真っ白なドーサル・セパルの中央に一筋描かれた葡萄茶色の葉脈によって特徴づけられる。
写真に見られるように、ペタルは波打って短く横にピンと張り出し(個体によっては少し垂れる)、全体に赤い色彩に乏しい中にあってアクセントのようなワインカラーの蘂柱がひときわ目立ち、その中央部には金色を添える。リップはネペンテスの壷を思わせるような色合いと形状をしている。

このような本種の特色を、この解説の参考文献
「The Genus Paphiopedirum 2nd edition」の著者である Phillip Cribb は
「One of the most distinctive species in the genus」という言葉で賛美している。



この種は、インド北東部のアッサム地方が原産地であり、当地と関わりの深い植物コレクターのMr Herbert Spicerが1878年開花させたことにちなんで命名された。
その後、Assamで茶園を経営するSpicerの息子がFrederick Sanderに送った植物コレクションの中のP.insigneに混じって英国にもたらされ、RHSのオリジナル植物コレクションに加えられた。
この時の採取地の情報は「アッサム地方ブータン国境近くの産」と伝えられただけで、詳しい自生地の模様は不明であった。その後、1960年代にインド北西地域で実施された植物調査において再発見され、U.C.Pradhanらによって自生地の環境と自生状態が明らかにされた(AOS Bulletin・1971)。最近行われた調査では、ミャンマー北西部、南西雲南においても発見されている。
U.C.Pradhanらによる自生地に関する記述は下記のとおりである。

スピセリアヌムの自生地は、ヒマラヤ山脈の東端山麓、インド北西部とミャンマーの国境近くのTilchar地方とBarak川の流域の標高300mから1300mの地域にあり、その地域の石灰岩の露頭や絶壁に自生している。
この地域は、6月から9月までの時期、モンスーンによる大量の降雨に見まわれるが、その他の季節においても川から立ち上る濃密な霧によって、通年、きわめて高湿度な環境が保たれている。

株は、石灰岩の岩場に出来た浅い腐食層の詰まった隙間や窪地に自生し、長い根を岩に沿って延ばしてしがみついており、葉は岩場から下垂し、花茎は岩場から直角にのびてその先に花を付ける。自生地の周囲の環境は  深い樹林ではなく灌木の茂ったブッシュであり、シダやショウガ科の植物の葉陰に群生している。

スピセリアヌムは比較的小柄な植物体であり、幅3.5〜6cm、長15〜30cmの葉を4、5枚付け、長さ15〜35cmの花茎の先に、NSW=5cm〜7cm、NSH=6cm〜8cmの小柄な花をひとつ咲かせる。

バリエーションとしては、セミ・アルビノ('Sabot Mauve' AOS 1993)が報告されているが、その他には花全体が大きいもの、リップが大きいもの等が、特別個体として報告されている。写真の個体は、須和田が20年以上前に輸入した複数の株の中から選別した「Big Lip」という個体であり、普通種に比べ、植物体も花も全体に一回り大きい。

その他の優秀花としては'Bostocks'が知られているが、その子供で 'Little Giant' FCC/JOSが最近発表され、パフィオフリークの間ではセンセーショナルな話題になっている。

栽培は、中低温・50%遮光の環境で行うが、通年、保湿と通風に心がける必要がある。また、自生の環境にも述べられているように、新鮮な水が絶えず供給されている必要があり、石灰岩からの溶解成分も生育に欠かせないことから、ミズゴケよりも礫植えが向いている。



スピセリアヌムをベースとした交配種は、前述したアッサムから一緒に届いたinsigneと交配されたLeeanumが最も古く、なんと、スピセリアヌムのヨーロッパでの初開花後6年目の1884年にサンダースリストに登録されている。

さらに、その12年後の1896年には、LeanumにさらにspiserianumをかけたBrunoが登録されている。
このブルーノはスピセリアヌムを一回り大きくしたような美しい花で、真っ白でおおきなドーサルに一筋のせた葡萄茶色は、まさにスピセリアヌムの直系そのものである。
この交配種は100年以上を経た今でも人気があり、ブルーノ・モデルという個体が有名である。


Bruno'Model'
写真提供:出田朋子(京都洋蘭会)


参考文献 Phillip Cribb: The Genus Paphiopedilum 2nd Edition
       Catherine Cash: The Slipper Orchids

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