Coryanthes trifoliata
「博物学的園芸の楽しみかた」
 3月の例会に出品された Coryanthes macrantha は、複雑かつ奇怪な形態で人気投票の巡覧中の会員たちの眼を集め、周りに人だかりができる状態になりました。
残念ながら、この花はいわゆる一日花であるために、朝、開花し始めて数時間後に 「おー、そのような花姿であったか・・・」という状態になり、夕方には花の一部が萎れはじめ、翌日の夕方には全体の形が崩れてしまいます。
そのため、蘭展や例会に展示されることはほとんどありません。

 コリアンテス属は、中米のパナマ、コスタリカ付近から南米のコロンビア、ペルーあたりの熱帯林に分布する着生蘭で、30あまりの種が記録されています。
直径2〜4cmのラッキョウ型のバルブに30cm〜50cmの幅広の葉が一枚ついた形をしており、バルブの付け根から出た30cmほどの花茎に2から3つの花を付けます。



コリアンテスの構造(写真:西村誠)

 それでは、まず上の写真を見ながらこの花の複雑な構造を説明しましょう。
指で摘まれて耳たぶのようになっているグリーンの部分はセパル(蕾を包んでいた萼の部分)、セパルの付け根から茶色い茎が出て先がふくらみそのまま袋のようになっているのがリップ(通称バケツ)です。
蘂柱はリップの外側にそって下方にのび、袋の後の方に先端が出ています。
ペタルはよく見ないとわからないぐらいに萎縮していて、ドーサルは蘂柱の先端に接するように後の方に着いています(写真4参照)。
セパルとリップの構造だけ見るとパフィオペディルムの構造と似ていることがわかると思いますが、袋と付け根の間におでこのような部分とその下にあるラジエータのような、パフィオにはないものがついています。
そしておでこのようなものの外側には黒や白い毛が生えている種もありますが、この部品がどのような働きをしているのかはよくわかりません。

 コリアンテスの一番の特徴は、袋のようになったリップ(通称バケツ)に水を溜め、その中に落ちたハチが藻掻きながら蘂柱先端のある穴から這いだしてくるとハチの背中に花粉が付くような、非常に込み入った受粉システムを持っていることです。
袋の中の水は開花した時から溜まっているわけではなく、開花後に蘂柱の付け根にある2本の水道栓のようなものから供給され、袋の「水の溜まる位置」のところまで溜まると自動的に止まります。
おそらく蘂柱の先端あたりに水位センサーがあると思われます(実はよくわからない)。
ちなみに、ストローでこの水を飲んでみるとほんの少し青臭いだけで、普通の水であることがわかります。ネペンテスのような消化液ではなく、昆虫が落ち込んでも溺れそうになるだけで、助かる手だては十分に尽くされており、今、流行の共存型の仕掛けになっています。
いたずら好きな人間が溜まった水をストローで飲んでしまっても大丈夫。ふたたび水道栓からポタポタと水が出て、しばらくするとふたたび所定の位置まで水が溜まります。



1. 開花前日の蕾の状態

 つぎに、開花のプロセスをCoryanthes trifoliataの写真を使って紹介しましょう。

写真1は、開花前日の蕾の状態です。まるで屈葬のミイラか胃ガンに冒された胃袋のような形になります。すでに、この時点では、内部に複雑な構造すべてができあがっていて、下の方の表皮が割れると開花の始まりです。
前の晩にそうなったら、サラリーマンであるあなたは、直ちに上司の自宅に電話をかけ、急病人を作るか(自分自身も含め)、だれか知り合いにお亡くなりになってもらって、休暇を申請しましょう。
もし貴女が主婦であれば、夕食後、家族に「明日は勝手に外食をして、夜遅く帰ってくるように」と宣言しましょう。そして、その日は早朝の開花に備え、ストローとカメラ、できれば、小形捕虫網とピンセットを準備して、早めに就寝すること。



2. 開花直後の状態


写真2は、開花直後の写真です。開花直後は、ご覧のようにセパルは鳥の翼のように大きく開いています。Coryanthes trifoliate はラジエータの上のおでこのところに黒い毛が生えています。まるで、お椀の縁に座ったゲゲゲの鬼太郎の目玉オヤジのような恰好です。

写真3は、それを真横から見た状態で、蘂柱の付け根の水道栓から水が出ているのがわかると思います。水が止まったら、バケツのどの位置まで水が溜まったか調べ、好奇心がある人はストローで水を飲んでみましょう。
しばらくすると、再び、水が出ることを確認することができます。
バケツをひっくりがえして水を出してしまうこともできますが、花を傷つけないためにも、ぜひストローで・・・・



3. 真横から見た状態(水道栓から水が出ている)

写真4は、花を後から見た状態です。羽ばたいた鳥の後姿のような形です。バケツの後から蘂柱の先端(花粉房)が見え、それを少し覆うようにドーサル(であったもの?)が付いています。
蜜にさそわれバケツに落ちたハチは、バケツの底からここにはい上がり、背中に花粉を付けて飛び立っていきます。それを確認するために、捕虫網でミツバチかハエを捕まえ、バケツに落とし込んでみるという実験をしてみてはいかがでしょう?



4. 後から見たバケツの裏側と蘂柱の先端

写真5は、開花した翌日に、花を縦割りにした写真で、左側が外、右側が内側の写真です。
リップが形態を変えながら複雑なバケツの構造を形成していった過程がよくわかると思いますが、水道栓の詳しい構造は断面に出ていません。
また、おでこの中が空洞であることはわかりますが何のための空洞であるかはよくわかりません。もし、この中に蜜が溜まっているのだとすると(この実験のときは蜜はなかった)、ラジエーターはそこに行くためのハシゴの役目か、それともじゃまをしてバケツの内側に回り込ませる仕掛けか・・・その辺はジャングルで開花状況とポリネーターの行動を詳しく観察する必要がありそうです。
ただし、たった1日しか咲いている時間がないので、チャンスをとらえるためには1ヶ月ほど、自生地に住んでいる必要がありそうですね。



5. 花の断面図

 この記事を読んだ蘭友諸子の中でコリアンテスを持っていない方は、ぜひ、一鉢、入手されることをお勧め致します。 自分でゆっくり観察しながら奇怪な花と一日戯れ、植物の不思議な形態変化と進化のメカニズムに思いを馳せる・・・
あなたの園芸趣味にそのような博物学的園芸の世界が広がるきっかけになることでしょう。
                          (写真1〜5、記:三宅八郎)

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