Cattleya dowiana
(カトレア ドウィアナ)
濃密なる香りと輝きの野生美
 このカトレアを始めて開花させた時の、息をのむような美しさは今も忘れられない。真夏の太陽を照り返すような濃い黄色に、野生の血をみなぎらせたよう紅色の脈を浮かび上がらせたペタルとセパル。大きなリップには濃いえんじ色のベルベットに金筋のデリケートな縞模様が入る。そして、むせかえるような蜂蜜臭にバニラ臭を加えた濃密で妖艶な香り。まさに、ゴージャスという言葉がぴったり来るような咲きっぷりであり、とてもコスタリカのジャングルに自生する原種は思えないカトレアである。



Cattleya dowiana(栽培・撮影:三宅八郎)

 現に、Die Unifoliaten Cattleya の著者であるGuido J.Braemは、その著書の中で、「Cattleya dowiana ist ohne Zweifelt eine der schoensten Orchideen,welche die Natur gehervortrachte.:今日、野生の環境の中で見ることのできるランの中でもっとも美しいものの一つである」としているし、他の文献にも「The most beautiful of Orchids」という賛辞が記載されている。

Cattleya dowianaは、1850年、コスタリカでWarszewiczによって発見された。自生地は、コスタリカのカリブ海に面した山地の標高1000m以上の中腹地帯であり、自生地としてRio Reventazon,Rio Pacuare,Rio Chirripoの3つの河川の流域があげられている。3つめのRio Chirripoは、コスタリカ中央山脈南部にそびえる最高峰Chirripo山(3820m)からカリブ海に流下する大きな川である。



コスタリカ・自生地の地図
(Field guide to the Orchids of Costa Rica and Panama 2ページの図に加筆 )

 自生地の環境は、北緯10度、標高1000m以上の地域に展開する熱帯山岳林であるが、通年、カリブ海からの湿った空気がもたらす「午後の雨(スコール)」のため年間降水量が2000mm〜2400mmに達し、常時75%以上の湿度を保っている。標高が高いので一年の半分(5月〜11月)は平均気温が24℃、12月〜4月は17℃まで平均気温が下がる。川の上に大きく張り出した高木の太い枝に着生しており、高湿度で風通しが良く、かなり強い光線を浴びて生育している。現地での開花は2回あり、5月と11月である。
 
 自生地のChirripo山を含む太平洋・大西洋の分水嶺を西南西にたどるとパナマ地峡を経てコロンビア北部・メデリンの山岳地帯に達するが、この地域でもdowianaとよく似たC.aureaが1868年に発見された。aureaの自生環境もdowianaとよく似ていると言われ、中間のパナマ地峡の山岳地帯にも分布が予想されていたが、後年、パナマでも自生が確認された。C.L.Withnerの分類・研究によれば、パナマ、コロンビアに分布するものがaurea、コスタリカに分布するものがdowianaとされ、それぞれ別種とする考え方と、C.dowiana var aureaとして変種として扱う考え方がある。 C.aureaは、リップの金筋が周辺に集まり、カトレア・ギガスの特徴である、いわゆる「目」ができることでdowianaと区別することができる。また、aureaはペタル、セパルの色が澄んだ黄色であることが多いようである。




C.dowiana var aurea(栽培・撮影:遠藤奈々子)

 C.dowianaとaureaは、基本的にリップとペタル・セパルの色の取り合わせがえんじ色と黄色の組み合わせしかなく、ラビアタやトリアネーのようなカラーバリエーションはまったくない。よほどこの色の取り合わせの遺伝子は強固なものであるらしく、交配種に黄色の花弁を作り出すのに多用され、1946年のサンダースリストにはすでに400あまりの交配が登録されていたということである。


C.aurea のリップの特徴とバリエーション
(Cattleyas and Their Relatives Vol.1 P.43 より)

 カラーバリエーションについては、上図のようにリップの配色や模様にバリエーションがあったといわれているが、現在ではほとんど見られないようである。これは、根が弱く栽培環境作りが難しいために栽培株の多くが枯死してしまい、併せて自生地の株がほとんど採り尽くされてしまったことによる。ジャングルの中にあって、あまりに光り輝く存在であったための悲劇の一つであろう。

 コロンビアでは、C.warscewicziiとaureaの自然交配であるhardyanaが発見されているが、これも、現在、自生地での確認はできないようである。C.L.Withner著:Cattleyas and Their Relatives Vol-1 の71ページには発見当時ごろの美しい細密画が掲載されている。

 香りは、冒頭にも書いたようにスパイシーで濃厚な蜂蜜臭にバニラの香りを混ぜた重く甘い香りであり、開花期が真夏であることもあり、かなりしつこく感じられる。朝早くから正午前まで強く香り、拡散性も強い。朝早いうちはローズ調の香りを感じる。

 栽培は難しく(中程度とするテキストもある)、水はけの良いコンポストに植え付け、高温多湿で風通し良く栽培する。我が国での開花期は真夏から初秋にかけてである。暑い盛りに開花するので、色の取り合わせと香りにしつこさを感じるのも事実であるが、これほど豪華なイメージの原種は他にない。日に良く当てて育てるとペタル・セパルの赤い脈が濃くなるようである。また、蕾が上がってきてから開花までは、朝夕、風通し良く涼しくしてやり、日中も保湿・通風を両立させないときれいに開花しないので注意が必要である。 (記:三宅八郎)

参考・引用文献
Guido J.Braem:Die unifoliaten Cattleyen
C.L.Withner:Cattleyas and Their Relatives Vol-1
Robert L.Dressler:Field Guide to the Orchids of Costa Rica and Panama
Roman Kaiser:The Scent of Orchids

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